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2010.05.10 00:09

日本最南端の駅「西大山駅」から向かったのは
枕崎市の「火之神公園(平和記念展望台)」。
戦艦大和が沈没したとされる地点が眺望できる小高い丘の上に位置し
戦死された方の慰霊の碑があります。

沈没した地点が眺望出来るとは言っても
はるか200kmも先らしいので
どこがどうやらサッパリなんですが(^^;
展望台のすぐ手前には↓こんなボードが出ています。
枕埼 火之神公園
(※ボードの前に植え木があって斜めからしか撮れなかった…)
第二艦隊を構成していた船について書かれています。

<戦艦大和>
排水量…68,200トン
全 長…256メートル
最大幅…38.9メートル
吃 水…10.4メートル
速 力…27ノット
軸馬力…150,000馬力
航続力…16ノットで7,200マイル
乗 員…約3,000名

数字だけでも巨大なことがわかりますが
実際のところ、どれだけ大きいものなのかが検討つきません…。

因みに「吃水(きっすい)」とは

船舶が浮かんでいる時、水面から船体最下部までの距離。

だそう。やっぱりデカい。

殉難鎮魂之碑と女神像。
枕埼 火之神公園 枕埼 火之神公園

トイレを借りた事務所(?)の中にあった戦艦大和の模型。
こんな悲劇がなければ、ただ「カッコイー」で済んじゃうけど
気持ち沈む沈む。
戦艦大和
更に、衝撃的なのは

一番若い少年兵はなんと14歳。

この後、知覧の「特攻平和会館」へ向かいます。
ここでは特攻隊隊員の写真などが展示されていて
家族に宛てた手紙なども見られるようになっています。

父や母、妻に宛てた手紙…
出撃前の最期の手紙。
泣きながら手紙を読んでいたのですが
堪えられず半分も見ないうちにギブ。
時間も足らず、最後は急ぎ足で見て回りました。

特攻隊は殆どが18?19歳の若者で
本当なら青春まっただ中の筈なのに
何の楽しさも知らず国のために命を落とした。
手紙の中にも、恋も知らないまま自分は死ぬのか…と
書かれたものもありました。

また、教え子はどんどん戦地へ行っているのに
教官である自分がここに残るのはおかしいと
戦地へ行くために(戦地へ行かされなかった原因が妻子ある身だったので)
離婚をし、戦地へ飛び立ち
かえらぬ人になってしまったとか
戦争がなければ離婚もせず済んだのに
この教官だけでなく、戦地へ行かない家族も共に闘っていたことが
ずっしりと響きました。

こういう犠牲があっての今があると思うし
かなり残酷な内容だけど、知らなきゃいけないことだと思う。

室内は撮影禁止だったので、外の写真を少々。
知覧 特攻平和会館 知覧 特攻平和会館 知覧 特攻平和会館
真ん中の写真は映画でも実際に使われた『隼』(だった筈)。

お昼は鶏飯。鶏肉茶漬けと言ったところか。
悲しんだあとなんだけど、美味しく頂きました。
ごちそうさま(^人^)
鶏飯


あと、もうちょいなんだけど
長くなっちゃったんで、いったん切ります。
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